[アポトーシス]
一部の細胞があらかじめ遺伝子で決められたメカニズムによって
なかば自殺的に脱落死する現象。
オタマジャクシがカエルになるときに尻尾が消失したり
脊椎動物の指の間の水掻きが胚の発生にともない、
なくなるなどの現象でプログラムされた細胞死と呼ばれる。
上記参照元:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ここまで、目を通して頂いて、如何でしょうか?
不思議ですね、自殺はいけないことのはずなのに、
私たちの身体は予定調和のように脱落死を認めています。
この現象を人間社会に当てはめると
慢性疾患の細胞の状態と同じと仮定しましょう。
すると、その起りつつ、進行しつつある状況に対して
「やむなし」とどこかの細胞が判断し始める、
認め始める、全体がなんとなくその方向に舵を切り始める
そうすると、いくつかの細胞は順番に「死」を迎えて
行くのです。
細胞はそれぞれが隣り合わせの状態です、一切すき間は存在しません。
その細胞を包んでいるのが細胞膜です、
細胞膜は神経伝達を行う砦です、中のDNA情報も外からの情報も
全て細胞膜を通じて行われます、その細胞膜を通じて隣り合わせの
細胞は互いに情報を交換し合います。
もし、一つの細胞が突然というか徐々に変容を起こし、
悪性腫瘍に舵を切った場合、その情報は接している四方八方の細部に
変容を起こし、変質した情報を発信していきます。
隣接する細胞は毎回毎回、自分とは違う情報を発信続ける悪性化した
細胞からの情報に徐々に慣れて、もしかしたらそれは正しいのかも?
と感じ始める。
だから、隣接している細胞が徐々に変容を受け入れ、
自らも変容し始めていく。
あるとき、その数が一定数になると、力を持ち始め、
さも当たり前のように間違った情報を発信して
細胞分裂を繰り返し始めてしまう。
これが、癌の進行と形成化とする。
そこで、専守防衛隊は一気にここで、RNAにインプットしていた
情報を引き出してくる。
一定条件の下、「さようなら」作戦だ…
身体は、残酷なぐらいに効率優先なのだ、
そのキーはDNAとRNAにインプットされている。
身体の全体性を最優先するために異質な細胞群は
いとも簡単に「切り捨て」作戦に入る。
自分の身体の中の自殺を許すには全体の恒常性を死守する
目的があるため。
それは、人間社会にも引き継がれている…
だからこそ、自殺する人を責めてはいけない。
自殺は、人類全体にインプットされた人類共通のDNAに
RNAに仕組まれた恒常性死守のシステム、と解釈すら出来る。
各種宗教は自殺を禁忌する。
でも、よくよく考えると、「死」はどこか肯定された
人類共通の約束事項。
自殺よりも自然死の方が良い。
けれど、自然死は案外至難の業なのだ。
DNA、RNAを超えて始めて自然死は与えられる(^^)