身体は道具ではありません。

緑・ミドリ・みどり

そもそもの間違いはイソップ物語だった??

誰かが体は「健康」で「病気が悪い」と言い含めました。

誰かが、五体満足がいいと囁き、そのようにふるまい、素晴らしく長い手足

のびやかで柔軟な体の動きを披露しました。

誰かが産毛のないすべすべの肌が気持ちいいと「うっとりとした表情で」と

語っています。

誰かが…

その誰かはどんな人でしょう?

あなたが思い込んでいる基準は一体どこからもたらされているのでしょうか?

私の家には小さい時にグリム童話とイソップ物語が童話集でありました。

見た目の美醜はそこからもたらされたように感じます。

登場人物はみんな肌が「白い」人(爆笑)

地球上に肌が白い人って何パーセントなんだろうって?

今ならすぐに考えが及ぶけれど、小さい時にはわからない。

世の中のお母さん方にお願いがある

せめて、肌が黒い・茶色・黄色い人たちが描かれた物語や絵本や書物を読んであげてほしい

それが無理なら、せめて、そういうものを取り揃えていてほしい。

座頭市が日本人の価値観って素晴らしい。

ハンディキャップの人が一番強いヒーローで主役の映画を最初に作ったのは誰?

昔のことはさておき、

五体の一部が万が一不足状態に陥って、満足だった時から比べると何らかの機能不全は確実に起こります、

でも、「わんこ」も「にゃんこ」もある時点から、全く不足がないように自然で滑らかな動きを取り戻します。

理由は?

彼らには思い込みや恐怖がないから?

じゃじゃじゃじゃ~ん

生きることにのみすべてが動く。

マインドがそのベクトルにしか動いていないから。

人間はなぜか脳幹と言われる部分に「爬虫類脳」と言われるゾーンがあります。

そこは、人間の生命の基本的でかつホモサピエンスとしての意識が働かないゾーン

「心拍数」「血圧」「呼吸」「体温調節」「発汗作用」などなど、すでにお分かりのように

自律神経系にも関連するところです。

ここは、どこかの器官が不全に陥った時に、一番に「どうする?」

「どう前に行く?」と

まるでカーナビのように「戻るとか」「Uターン」とかって発想は全くない。

脳幹のレスポンスは必ず生きることのみにフォーカスされている、

どこか一つが不自由になったからと言ってそこにとらわれないのです。

その仕組みにフォーカスした映画が「座頭市」って私は思います。

もし完璧な状態なら目指す方向はどこ?

そう、健康が五体満足ってこととイコールではないのだ、

健康はその先の目的・目標に向かっていくのに必須である条件なだけで、

それは見た目の問題でも、100%の機能でもない、

自分が健康の先にある場所に行くためのあればいい状況や環境なだけであって、

健康はリソースであって目的地や到着地ではないと思えて仕方ありません。

でも、しかし、「健康」と実感していない方の価値観に基準を合わせることはしません、

健康な状態の「嘆き」も「悔しさ」も話の前提にはありません。

目的は生まれたからにはその生まれたことによる到着点「死」はあるかもしれませんが、

これって「状況」としての「死」ではなく、

「致死」:「死」に至る際の目的があるはずと思えて仕方ありません。

そこへの道すがら「為す」ことがあるように感じます。

そして「成っていく」

私はこの誕生してから「ある状態」から「別の状態」への移動のために

「食べたり、飲んだり、笑ったり泣いたり、集中したり

考えたり、工夫したり、怒ったり悔しがったりしているわけではないです。

あなたはいかがですか?

何かの状態になるために移動しているだけかもしれませんが、その移動の際に移動手段を選ぶのはあなた次第です。

私はコンディションのいい、マインドと機能に障害がない身体があって、空間があって

声が響く環境があるだけで充分じゃない?

響きがこだまするこの世界では必ず、前に向いた上を向いた響きが結果をもたらす。

健康である必要があるのは全て、そこ!!

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